CENTER DIRECTOR'S COLUMN
もう12年ほど前になるでしょうか。
天神のりーぶる天神という書店で開かれた、あるイベントで、私は白駒妃登美さんに出会いました。
白駒さんの語る歴史は、教科書のそれとはまるで違っていました。
年号でも、事件でもなく、そこに「生きた人」がいる。誰かが泣いて、迷って、それでも一歩を踏み出した——そんな話を、まるで昨日会った友人のことのように語られるのです。
聞き終わったあと、私の中に残ったのは、ひとつの言葉でした。
歴史には、人がいる。
そして、人には歴史がある。
歴史というと、どこか遠い、偉い人たちの物語のように感じてしまう。私も長いこと、そう思っていました。
でも、本当にそうだろうか、と最近よく思うのです。
この原稿を書きながら、ふと思い立って、これまで白駒さんの講演を聞いた方たちがどんな感想を残しているのか、少し調べてみました。
出てくるわ、出てくるわ。
「こんな歴史の先生に出会いたかった」
「日本人に生まれてよかった」
会場のあちこちで、そう言って涙する人が続出する——というのは、どうやら決して大げさな話ではないようです。
ある経営者の方は、400人の会場で1時間半、白駒さんがずっと笑顔で、それでいて迫力を持って語り続け、参加者が大きな拍手で応えていた、と書いていました。歴史上の誰かの「志」が、時代を超えて次の誰かへとリレーされていく——その話に、思わず心を動かされたのだと。
別の方は、逆境というのは、実は未来の幸せのために天が与えてくれた大事なものなのかもしれない、という白駒さんの言葉を、ずっと心に留めておきたい、と綴っていました。
そして、私が個人的にいちばん胸を打たれたのは、白駒さんの話を聞いた、ある小学生の感想でした。
これまでは損か得かで行動を決めてきたけれど、これからは、どちらを選べば胸を張れるかで決めたい——そう書いていたのです。
……小学生ですよ。
大人の私たちが、いつのまにかどこかに置いてきてしまった何かを、その一言が、そっと拾い上げてくれるような気がしました。
新宮CoCoスクエアは、この夏で2周年を迎えます。
レンタルボックスの小さな棚から、こわごわ商いを始めた方。週に2日から、働き方を組み替えてみた人。この町で、はじめて自分のお店の看板を掲げた若者。
派手ではないけれど、みんな、たしかに一歩を踏み出した。
その一歩一歩は、100年後に振り返れば、まぎれもなく「新宮の歴史」の一行になっているのではと、私は思うのです。
だから、2周年という節目に、どうしても白駒さんをお招きしたかった。
大病を経て、「今を受け入れ、最善を尽くし、天命に運ばれていく」という生き方にたどり着いた白駒さんの言葉は、きっと、いまここで小さな志を育てている一人ひとりの背中に、そっと触れてくれると思っています。
講演のあとは、僭越ながら私との対談も。12年前、書店のすみっこにいた私が、こうして同じ舞台でお話しできる日が来るとは。人生、何が起こるか分からないものですね。
あなたの志も、いつか誰かにとっての「歴史」になるのかもしれません。
その最初の一歩を、8月1日、新宮でご一緒できたら嬉しいです。
(開催まで、あと1ヶ月。歴史に立ち会いに、ふらりと来てください。)
新宮CoCoスクエア センター長 平井 良明